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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和59年(ワ)41号 判決

原告

山本茂夫

右訴訟代理人弁護士

在間秀和

被告

新興工業株式会社

右代表者代表取締役

平山浩司

右訴訟代理人弁護士

相馬達雄

竹内敦男

藤山利行

小田光紀

豊蔵広倫

主文

一  原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有することを確認する。

二  被告は原告に対し、昭和五八年五月二五日以降毎月末日限り、一か月金一四万二二〇六円の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一、第四項同旨

2  被告は、原告に対し、昭和五八年三月一六日以降毎月末日限り、月額金一五万二四三円の割合による金員を支払え。

3  前項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、シャッターの製造を業とする株式会社であり、尼崎市内に本社を置くほか、同市内に二工場を有し、従業員数は約七〇名である。

2  原告は、昭和五六年一〇月ころ、被告に期限の定めなく雇用され(以下、本件雇用契約という。)、ドア班に配属されて、熔接板金工として、ハンガードアの仕上げ作業、アーク熔接、ボール盤による穴あけ作業やスポット熔接の作業に従事していた。

3  原告は、毎月末払いの約定により、昭和五八年三月まで、月額平均金一五万二四三円の賃金(公租公課控除後の金額)の支給を受けていた。

4  原告は、昭和五八年三月一六日以降、被告に就労を拒否され、就労していないが、これは被告の責に帰すべき事由による履行不能であるから、原告は同日以降の賃金請求権を有する。

5  被告は原告に対し、昭和五八年四月二一日付で、原告を、同年五月二五日をもって解雇する旨の解雇予告通知をし、それによって本件雇用契約が終了したとして、原告の雇用契約上の権利を否定しており、そのため、当事者間に右権利関係について争いがある。

6  よって、原告は被告に対し、原告が被告に対して雇用契約上の権利を有することの確認を求めるとともに、昭和五八年三月一六日以降、毎月末日限り金一五万二四三円の賃金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の各事実はいずれも認める。

2  同3の事実のうち、賃金が毎月末払いの約定であったことは認めるが、その余は否認する。

3  同4の事実は否認する。原告は、昭和五八年三月一六日以降解雇に至るまで無断欠勤を続けたのである。

4  同5の事実は認める。

三  抗弁

1  被告は原告に対し、昭和五八年四月二一日付で、原告を同年五月二五日をもって解雇する旨の解雇予告通知(以下本件解雇予告という。)をし、右通知はそのころ原告に到達した。

2  被告は、就業規則において解雇事由を定めており、その一三条三号には「勤務成績及能率が不良で就業に適さないと認められるとき。」という事由が定められている。

3  原告には、以下のとおり、右解雇事由にあたる事実がある。

(一)(1) 被告は、訴外三和シャッター工業株式会社(以下訴外会社という。)の一〇〇パーセント下請会社としてシャッター部品等の製造加工を行う従業員数約七〇名の小企業であり、訴外会社が唯一の受注先であるが、訴外会社は、品質管理体制を強め、被告をはじめその協力会社に対して厳しい品質管理を要求し、また、加工賃や商品代金の値上げを制限しているため、下請会社の利益率は著しく低くなっている。

かかる状況において被告が存続していくためには、経営の合理化とともに、品質管理にむけた社員一人一人の自覚と協力が不可欠であり、被告は、そのための方策として、昭和五八年から「全社的品質管理体制の推進とQCサークルの発足」を経営方針の最大の目標として掲げ、社員の自覚のもとに科学的、組織的に不良原因を分析し、同一原因に起因する不良品の再発を防止することとした。

(2) そして、その具体的な方法として、訴外会社の指導により、同年一月より、社員全員に対し、ミスをした者は、自ら報告書(以下作業ミス報告書という。)を書いて、提出するよう課長や班長を通じて指示した。作業ミス報告書は、社員の自己チェックを促すため及び会社として品質管理上の問題点を把握するために提出が義務付けられたものであるが、簡単に、一、二分もあれば書き込むことのできるものである。

(二)(1) 原告の作業は、「ハンガードア班」の中の鉄パネルの結合や熔接であったが、右班の中でもミスが多い作業員であった。

(2) 原告は、班長から、作業ミス報告書を出すように指示されたにもかかわらず、社員の中でただひとり、作業ミス報告書を書いてもミスは無くならないから無意味だし、時間も無いとの理由から、その提出を拒んだ。

そこで、昭和五八年三月一五日、被告代表者は、原告を呼んで、(一)(1)記載のとおりの被告の置かれている厳しい経営環境、社員の自覚の必要性、作業ミス報告書の目的や性質等説明し、作業ミス報告書の提出の指示に従うよう求めた。

しかし、右説得にもかかわらず、原告は作業ミス報告書の提出を拒んだので、被告代表者は、「それでは原告を信頼して仕事を任すことはできない、仕事をしない人には給料も出せない。今日は帰って冷静に考えるように。」と述べ、更に原告の反省を促した。

(3) ところが、原告は、翌一六日から同月二七日まで無断で欠勤し、同月二八日になってようやく出社したが、その際、被告の労務管理担当の社員で「監査役」と呼ばれていた訴外秋田(以下秋田という。)からも作業ミス報告書を提出するよう説得されたものの、あくまで作業ミス報告書は出さないとの態度を変えず、就労もしなかった。そして、同月二九日以降再び原告は、無断欠勤を続けた。

そこで、秋田は、同年四月一一日に至り、同日付の文書で、働く意志があるならすぐ出勤するように、との通知を原告に送った。

ところが、原告は、依然として出社も就労もせず、同月一八日に至ってようやく出社し、「管理手当を支給していない者に対して作業ミス報告書を書かすやり方は、不当な行為である。作業ミス報告書を書けというのなら、我々平社員に対しても相当の手当を支給せよ。その金額については、話し合う気がある。」という内容の文書を被告代表者に手渡した。

(三) 以上のように、原告は、作業ミス報告書の提出を命ずる被告の業務命令に従う意思がなく、被告の置かれた経営環境における至上命令ともいうべき作業ミス報告書の提出をただひとり拒むばかりか、右提出について手当を要求し、また、度重なる被告の説得にも応ぜず、理由のない欠勤を続けたものである。

4  したがって、昭和五八年五月二五日をもって解雇の効力が生じ、被告会社と原告との間の本件雇用契約は終了したから、原告は被告会社の従業員としての地位を有しない。

四  抗弁に対する認否及び反論

1  認否

(一) 抗弁1、2の事実は認める。

(二) 同3冒頭の事実は争う。

(三) 同3(一)(1)の事実は不知、同3(一)(2)の事実は否認する。

原告ら現場で働く労働者に対し、具体的な形で作業ミス報告書の提出についての業務命令がなされたことはないし、他の班はともかく、少なくとも原告の所属するハンガードア班については、その趣旨の指示がなされた事実もない。原告が作業ミス報告書のことを聞いたのは、昭和五八年二月末頃に、冨山班長から、「ミスをしたら紙に書いて出せ。」と言われたのが初めてであって、その当時は現場にその用紙さえ備付けられていなかった。

(四) 同3(二)(1)の事実のうち、原告がミスの多い作業員であったことは否認し、その余は認める。

(五) 同3(二)(2)の事実のうち、班長に作業ミス報告書を出すようにいわれたが、これを拒否したこと、昭和五八年三月一五日被告代表者と面談したことは認め、その余は否認する。

(六) 同3(二)(3)の事実のうち、原告が同年三月一六日以降就労していないこと、同年四月一一日付で、秋田から被告主張の内容の通知書が届いたこと、同月一八日、原告が被告の会社に赴き、被告主張の内容の記載のある文書を被告代表者に手渡したこと、同月二一日頃本件解雇予告が原告に届いたことは認めるが、その余は否認する。

(七) 同3(三)の事実は争う。

(八) 同4の事実は争う。

2  反論

(一) 本件解雇に至る経過

(1) 原告は、昭和五六年一〇月被告に雇用されて以来、熔接板金工として勤務してきたが、その作業内容や勤務状況には何ら問題はなかった。

(2) 原告は、昭和五八年二月末ころ、班長から、ミスをしたなら紙に書いて提出せよ、との指示をうけ、当初は言われるままに提出したが、現場で働く労働者の立場からすれば、作業ミス報告書を書くことでミスが少なくなるとの効果は期待できないし、作業ミス報告書が現場労働者の成績査定の材料に用いられる不安があったこと、時間的にも、精神的にも相当の負担があったことから抵抗を感じていたところ、同年三月一一日、西内課長が「どうしても書きたくない人は秋田監査役に申し出るように。」と指示したので、秋田に対し、作業ミス報告書は書きたくない旨述べた。これに対し秋田は、直接、被告代表者に話すようにと指示した。

(3) そこで、原告は、同月一五日、被告代表者と面談し、作業ミス報告書に対する前記趣旨の原告の意見を述べた。これに対し、被告代表者は、データを取る必要があるから、作業ミス報告書を提出するよう迫り、原告がデータを取るためならば作業員が自ら作成する必要は無いのではないか、と答えたところ、被告代表者は、突然、原告に対し、解雇を言い渡した。

(4) 驚いた原告は、尼崎労働基準監督署へ相談に行ったところ、右解雇は無効とのアドバイスを受け、再度被告代表者と掛け合ったが、就労は認めてもらえなかったので、原告は、同署から被告に対して説得がなされることを期待し、同署の連絡を待って、自宅で待機していた。

被告は、原告が、同年三月一六日以降無断欠勤を続けたかのように主張するが、原告は、右のように就労の意思があったのに、被告により、就労を拒否されていたのである。

(5) 同月二八日に至り、原告は、被告会社に赴き、秋田と面談したが、その際、秋田は、原告に対し、「作業ミス報告書は、書けない」「解雇してください」との内容の文書を提出すれば、仕事をさせてやる、と言い、原告は、仕事をしたい一心から、秋田の指示に従い「作業ミス報告書は、書けない」「作業ミス報告書を書くよりも、まだ解雇される方がよい」と記載した書面を作成して、秋田に届けた。そして、原告は、秋田が、被告代表者にとりなしてくれるものと思い、秋田からの連絡を待っていた。

(6) ところが、その後、秋田から原告に対し、「働く意思があるなら、すぐ出勤するように」との内容の通知が送られてきたため、原告は、同年四月一八日、被告会社に赴き、「管理手当を支給していない者に対して作業ミス報告書を書かすやり方は、不当な行為である。」「作業ミス報告書を書けというのなら、我々平社員に対しても相当の手当を支給せよ。」「金額については、話し合う気がある。」という内容の文書を被告代表者に手渡した。右は、やや感情に走った表現ではあるが、要は、作業ミス報告書の作成は現場労働者にとって相当負担の大きいものであることを訴えるものであった。被告代表者の対応は、ただ作業ミス報告書を書け、と迫るのみであった。

(7) そして、その後、被告は、原告に対し、前述のように本件解雇予告通知書を送りつけてきたが、その解雇理由は、「作業ミス報告書を書くより解雇されることを希望している」というものであった。原告は驚き、同月二五日被告の会社に赴き、秋田及び被告代表者と面談し、解雇という事態にまでなるなら、作業ミス報告書を書いても良いと被告代表者に述べた。ところが、被告代表者は、今度は、作業ミス報告書を出すだけではだめだ、就業規則を守ることを書面で誓約せよと要求するに至った。これに対し、原告が、自分は就業規則に違反していないと思う、と述べたところ、被告代表者は、それから先は原告の言葉には耳をかさないという状態になった。

(8) その後、同月二六日、原告は、一時仕事をすることができたが、結局は家に帰らされ、翌二七日、被告会社に赴き、秋田と面談したが、秋田は、原告に対し、前記の趣旨の誓約書を書くように指示したので、原告は、「今まで就業規則を守らず迷惑をかけたが、今後は就業規則を守り、会社の方針に従う」との内容の誓約書を作成し、翌二八日秋田に渡そうとしたところ、秋田は、もう自分の手を離れている、として、右誓約書を原告に突き返した。原告は、更に、右文書を、上司である三井課長に渡したが、同人もこれを突き返した。そこで、原告は、やむを得ず、秋田及び三井課長の指示に従い、自らの見解もまとめて、「作業ミス報告書は、どうしても提出せよというなら提出するし、就業規則に準じて働く」との内容の「申し入れ書」と題する書面を作成し、同年五月六日、右三井課長に渡した。

ところが、これに対して「回答書」と題する書面が送られてきた。内容は、原告が、右「申し入れ書」で就業規則を遵守することを述べているにもかかわらず、改めて就業規則を遵守する旨の誓約書を提出せよ、というものであった。

そして、その後も原告は、会社に出勤し、就労を求めているが、被告は、これを拒否し続けている。

(二) 解雇理由の不存在

QCサークル運動は、労働者の自主性に重点を置いた自主活動であり、作業ミス報告書も、右自主的なサークル運動の一環として提出されるものであるから、その作成、提出が業務命令によってなされることはないし、仮に、一種の業務命令だとしても、労働者に対し、強制される筋合いのものではない。したがって、これを提出しなかったからといって、被告主張のように、業務命令違反にはあたらない。また、原告の、同年三月一六日以降の欠勤は、前述のように被告から就労を拒絶されていたからであって、原告に就労の意思がなかったわけではないし、そのうえ、原告は、被告から、誓約書を提出するように要求され、その要求どおり、作業ミス報告書を提出する、就業規則も守る旨を誓った文書を提出している。したがって、いずれの点から見ても、原告には、被告主張の就業規則所定の解雇事由にあたる事実はない。

五  再抗弁(解雇権の濫用)

1  原告は、前記四2(一)(1)記載のとおり、被告に雇用されて以来、勤務態度や作業内容につき何らの問題も指摘されたことのなかった作業員である。

2  前記四2(二)記載のとおり、作業ミス報告書の作成は本来労働者の自主性に委ねられているものであるし、原告がその提出を拒んだことには前記四2(一)(2)記載のとおり正当な理由があったのであるから、作業ミス報告書の提出の拒否が業務命令の違反にあたるとしても、その違反の程度は軽微である。

3  前記四2(一)(3)記載のとおり、原告は、解雇予告通知後、被告から、誓約書を提出するように要求され、最終的には、右要求どおり、作業ミス報告書を提出する、就業規則も守る旨を誓った文書を提出し、それまでの態度を改めた。

4  原告が、同年三月一五日、被告代表者から、解雇を言い渡された後にとった行動は、いささか稚拙で、ぎこちない点もあったが、被告の会社内には労働組合もなく、原告も労働運動の経験もなかったことから、動揺の余り、そのようなものとなったに過ぎず、会社の秩序を乱そうとの意思はなかった。

以上の点からすれば、本件解雇は、原告にとって酷に過ぎ、著しく不合理であり、解雇権の濫用として、無効である。

六  再抗弁に対する認否

いずれも争う。

第三証拠

本件記録中の各証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一争いのない事実

一  請求原因1、2、5の各事実、抗弁1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  抗弁3の事実のうち、原告が班長から作業ミス報告書を提出するようにいわれたがこれを拒否したこと、昭和五八年三月一五日被告代表者と面談したこと、原告が、同年三月一六日以降就労していないこと、同年四月一一日付で、秋田から、働く意志があるなら、すぐ出社するようにとの通知書が届いたこと、同月一八日、原告が被告会社に赴き、管理手当を支給していない者に対して作業ミス報告書を書かすやり方は不当な行為である、作業ミス報告書を書けというのなら、我々平社員に対しても相当の手当を支給せよ、その金額については話し合う気がある、との内容の文書を被告代表者に手渡したこと、同月二一日頃、本件解雇予告が原告に届いたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

第二本件解雇予告に至る経緯

右争いのない事実に、(証拠略)を総合すれば、以下の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

一  被告は、シャッター部品等の製造加工を業とし、尼崎市内に本社を置くほか、二工場を有する、従業員約七〇名の株式会社である。

二  原告は、昭和五六年一〇月頃、被告に雇用され、ドア班(後にハンガードア班と改称)に配属されて、ハンガードアの仕上げ作業、アーク熔接、ボール盤による穴あけ作業等に従事していた。

三  被告は、訴外会社の下請会社であり、訴外会社が唯一の受注先である。訴外会社は、昭和五四年頃から被告を含むすべての下請会社の品質管理の監督、指導を強化し、その方策として、被告に対しても、QCサークル(クオリティー コントロール サークル)活動を始めるよう要請した。被告にとり、訴外会社からの受注を確保するためには、ぜひとも訴外会社の要求する品質管理を成功させなければならなかったので、被告も、その頃から右活動の指導者の養成、モデルサークルの育成を経て、同五八年の年頭から、会社全体で本格的にQCサークル活動を始めることにした。このQCサークル活動とは、不良品の発生防止や、製品の品質の維持を目的として、各職場ごとに全員参加のサークルを作り、従業員の自主的な活動を促し、一人一人の右目的に対する参加意識を高めて、右目的を達成しようという活動である。右サークル活動を進める技法としては、不良品の発生原因を統計的に分析し、その結果を図表等に集約して、不良原因の重要度を数値的に明らかにし、その解決策をサークル員全員で討論し、検討するという方法が採用された。そして、右のごとき統計的手法を用いるには、その基礎となる資料を集める必要があるので、全従業員に対し、作業上ミスをした場合には、どんな小さなミスの場合でも、必ず不良品報告書(作業ミス報告書)の提出を義務付けることにした。右報告書の提出は、同五四年頃からすでに従業員に命じられていたが、同五八年年頭から始まった全社的なQCサークル活動の開始とともに、それが更に徹底されることになった。

四  そのため、昭和五八年三月頃には、原告の所属するハンガードア班においても、作業ミス報告書の提出の励行徹底が命じられたが、原告は、ささいなミスを犯した場合まで報告書の提出をしなければならないのは、精神的にも、時間的にも負担が大きいし、報告書を出してもミスはなくならないと考え、その頃、班長、課長さらに被告の労務担当者である秋田に対しても、作業ミス報告書は書きたくない旨を述べた。

五  そこで、被告代表者は、原告を説得するために、同年三月一五日の正午前後に、原告を呼んで、QCサークル活動の趣旨、目的と作業ミス報告書の必要性の説明をして、作業ミス報告書の提出の指示に従うように求めた。しかし、原告は、作業ミス報告書を書いてもミスはなくならないなどと自説を述べて、その提出を拒んだので、被告代表者は、「それでは原告を信用して仕事を任せられない。仕事をしない人には給料は払えない。」と言った。そこで、原告が、「解雇ですか。」と尋ねると、被告代表者は、「そうだ。」と答えた。そのような応酬があった後、秋田が、原告に対し、今日は帰って冷静になって考えるように、と言ったところ、原告は、その日はそのまま勤務につかずに退社し、翌日からは出社しなくなった。

六  その後、原告は、何度か被告の会社に赴いて、被告代表者や秋田と話し合い、仕事をさせてほしいと申し出たが、作業ミス報告書についてはやはり書かないと言い、被告代表者と秋田は、作業ミス報告書を書かない限り仕事はさせないと主張して、結局、原告が就労しない状態が続いた。その間、原告は同年三月末頃、被告代表者あてに、「作業ミス報告書は、私としては書けません。作業ミス報告書を書くよりも、まだ解雇されるほうがよいと思います。」との内容の「希望事項」と題する文書(〈証拠略〉)を提出した。

七  このように原告が就労しない状態が続いたので、秋田は、同年四月一一日頃、原告に対し、「働く意思があるなら、出勤してください。但し、会社の就業規則を守り、品質向上の会社の方針にも賛同して下さい。」との内容の「通知書」と題する書面(〈証拠略〉)を送付した。

八  これを受けて原告は、同年四月一八日頃、会社に出向き、被告代表者に対し、「管理手当を支給していない者に対してミス報告書を書かすやり方は不当な行為である。どうしてもミス報告書を書けというのなら、平社員に対しても相当の手当を支給されたい、金額については話し合う気がある。」との内容の文書(〈証拠略〉)を提出した。

九  被告は、同年四月二一日頃、原告に対し、同年五月二五日をもって解雇する旨の解雇予告通知書(〈証拠略〉)を送付した。

第三解雇事由の存否について

一  被告が就業規則において解雇事由を定めており、その一三条三号には「勤務成績及能率が不良で就業に適さないと認められるとき」という事由が掲記されていること(抗弁2)は当事者間に争いがない。

二  被告が抗弁において右解雇事由にあたる事実として主張しているところを要約すれば、作業ミス報告書の提出拒否と昭和五八年三月一六日以降の無断欠勤という二つの事由になるので、以下その解雇事由の存否を検討する。

1  (作業ミス報告書の提出拒否について)

原告が、被告代表者及び秋田の度重なる指示、説得にも拘わらず、作業ミス報告書の提出を拒み続けていたことは前記のとおりである。原告は、作業ミス報告書の提出は労働者の自主性に委ねられるべきものであり、その提出の指示は会社の業務上の指示にかかるものではなく、原告には提出する義務はないと主張するが、作業ミス報告書は、前記のとおり、被告の会社内での品質管理の方法として行われることになったQCサークル活動の基礎資料として用いるために、全従業員にその提出が求められたものである。QCサークル活動は、前述のように、従業員の自主的な活動を促し、サークル活動に対する参加意識をたかめることによって品質管理の目的を達成しようとするものであり、従業員の自主性を尊重し、その自覚的な努力に期待しようとするものである。しかし、その自主性とは、自らの作業上のミスを、他人からの指摘を待たずに自発的に申告するという意味での自主性であり、提出するかどうかはまったく本人の任意とするという意味ではない。すなわち、会社の管理者側の方で、ミスの発見のために従業員の執務状況を監視したり、殊更に探索追及するようなことはせず、従業員の自主申告を信頼するかわりに、従業員の側でも、ミスがあれば正直に自主申告すべき誠実義務がなければならず、それによって従業員の方で自覚的にミスの発生の防止に努力することを期待するものであるから、申告しても、しなくても、本人の自由勝手という意味での自主性ではない。したがって、それは、従業員の自主的な申告であっても、ミスがあれば必ず提出すべきものであり、それは、被告が、従業員に対する労務指揮監督の権限にもとづいて、従業員にその提出を義務づけるものであって、従業員の方でもこれに従うべき業務命令の一つであると解するのが相当である。そして、原告は、その業務命令に従うことはできないとして、これを拒否することを被告に表明し、昭和五八年三月上旬頃から解雇予告通知を受けるまでの一か月余りの間、その態度を変えなかったことになる。

2  (原告の無断欠勤について)

(一) 前記のとおり、原告は同年三月一六日から解雇予告を受けるまでの間就労していないが、その発端は、前記第二「解雇予告に至る経緯」の五項のとおり、同月一五日に、被告代表者と面談した際、前述のようなやり取りがあって、その最後に原告が、「解雇ですか。」と尋ねたのに対し、被告代表者が「そうだ。」と答えたのと、同席した秋田が、原告に対し、「今日は帰って、冷静に考えるように。」と言ったところから、原告は退社し、その翌日から欠勤状態が続くことになったものである。

そして、原告は、それ以降数回にわたり被告の会社に出掛け、主に秋田に対して働かせてくれるよう要求したが、秋田は、作業ミス報告書を書くことが就労の前提であり、それを書くつもりがない限り、働くつもりもないということだから、就労は認められないと述べ、仕事はしたいが、作業ミス報告書は書かないと主張する原告の就労を認めようとしなかったため、結局解雇予告に至るまで就労しなかったものである。

(二) 以上の経過からすれば、原告が欠勤を続けたのは、被告代表者あるいは秋田の方では、作業ミス報告書を提出しない限り就労を認めないとの立場であり、一方、原告の方はあくまで作業ミス報告書の提出を拒み続けていたためである。もっとも、同年四月一一日頃には、秋田の方から前記の通知書(〈証拠略〉)を原告に送付して原告の出勤を要請しているものの、それも原告が作業ミス報告書を提出することが前提となっており、原告が作業ミス報告書を提出しない限り、就労は認められない趣旨であることには変りはない。

(三) 右のように、原告が就労しなかったのは、原告に就労意思がなかったわけではなく、被告がその就労を認めなかったからではあるが、それは、被告が、作業ミス報告書の提出を拒む原告に、その翻意を求め、提出に協力するよう促すためであり、それに対して原告があくまでその提出を拒み続けたために、実際上仕事に就けないことになり、結果的にその間欠勤を続けることになったものである。したがって、それは原告の作業ミス報告書提出拒否の結果として生じた事態であるから、欠勤あるいは不就労ということも、結局、原告がその報告書の提出を拒否するについて行った一連の行動の一つとして、これらを総体的に見て、それが前記解雇事由に相当する事由にあたるかどうかを判断すべきものと考えられる。

三  既述のように、作業ミス報告書提出の指示自体は、被告の原告に対する正当な業務命令であるから、原告はこれに従う義務がある。

ところで、原告が作業ミス報告書の提出を拒んだ理由は、原告本人尋問の結果によれば、作成に時間がかかるし、作業ミス報告書により勤務成績が査定される恐れがあり、また、作業ミス報告書を書いてもミスはなくならないからということである。しかし、(証拠略)の方式と記載事項から明らかなように、作業ミス報告書自体は手軽に書ける単純な文書であって、書こうと思えばほんの数分で記入できる程度のものであり、格別負担になるようなものでもない。また、(証拠略)によって認められるように、作業ミス報告書は、不良原因を統計的に分析し、品質管理を行うために、前記QCサークル活動の資料として提出されるものであり、原告の危惧するような従業員の勤務成績の査定を目的とするものではなく、そのような目的に利用されるおそれがあると認めるべき証拠もない。

更に、それによって実際に作業ミスがなくなる効果があるかないかということはそもそも原告が判断すべきことではなく、被告が会社の品質管理の方策として正式に採用し、正当な労務指揮権にもとづいて発する業務命令である以上、従業員である原告は、たとえその効果に疑問があったとしても、単にそれを意見として述べるだけならばともかく、自己の個人的な判断でこれを拒否すべきものではない。

したがって、原告が拒否する理由は、いずれも合理的な根拠のない、原告独自の単なる個人的な意見にすぎないものであり、要するに、原告は、被告が従業員に作業ミス報告書の提出を命ずることを、労働条件の悪化あるいは労働者に対する圧迫であるというような受けとめ方をして、これに敵意あるいは反感を抱き、会社の指示に抵抗したものというほかはない。

しかも、原告が、右のように被告の業務命令を拒否する態度に出たのは、その作業ミス報告書についての見解の相違ということだけではなく、多分に原告の独善的で偏狭、かつ協調性を欠いた性格によるものと考えられる。すなわち、前記認定のとおり、被告代表者あるいは秋田から原告に対し、再三の説得にもかかわらず、あくまで自説をまげず、被告が作業ミス報告書を書かなければ、就労を認めないとの強い姿勢をとってまで、提出を求めてもなおその提出を拒み続けた原告の態度は、かたくなと言う他なく、協調性の不足を窺わせる事情と評価することができる。

さらに、前記「第二 本件解雇に至る経緯」の八項のとおり、原告は、同年四月一一日頃、秋田が送った前記「通知書」を受けて、同月一八日頃、被告代表者に対し、「管理手当を支給していない者に対してミス報告書を書かすやり方は不当な行為である、どうしてもミス報告書を書けというのなら、平社員に対しても相当の手当を支給されたい。金額については話し合う気がある。」との内容の文書を提出している。右文書は、その文面から明らかなように、従来通り作業ミス報告書を書きたくないとの原告の意思を明示するばかりでなく、作業ミス報告書の提出に対して、管理職に対して支給されている「管理手当」の支給を要求するものであるが、このようなおよそ筋ちがいともいうべき「管理手当」の支給を要求することも、原告の反抗的な姿勢の現れであるとともに、独善的で常識を欠いた行為という他はない。

そのほか、原告は、前記「第二 解雇に至る経緯」の六項のとおり、同年三月末頃、被告代表者あてに「作業ミス報告書は、書けない。作業ミス報告書を書くよりも、まだ解雇されるほうがよいと思います。」との内容の「希望事項」と題する文書(〈証拠略〉)を提出しているが、このような文書を被告に提出する原告の態度からも被告の指示を素直に受け入れるという気持の欠如とあくまで反抗しようとする姿勢が看取されるところである。

四  以上のとおり、原告は、被告の業務上の命令である作業ミス報告書の提出を、被告代表者及び秋田の説得にも拘わらず、一か月以上も拒み続けたものであり、しかも、その拒否には何ら正当な理由はなく、単に原告独自の個人的見解に固執して、被告が品質管理の一方法として実施した措置に従おうとしなかったものである。このような所為は、被告がその経営権にもとついて従業員に対してなした職務上の指示命令に対する不当な反抗であって、職場秩序を乱すものといわなければならず、就業規則一三条三号にいう「勤務成績及能率が不良」の場合にあたるものであり、また、原告がそのような態度をいつまでもとり続けるならば、結局は「就業に適さないと認められるとき」ということにもなるものと考えられる。したがって、原告の前述のような所為は、一応右就業規則一三条三号の解雇事由に該当するものと認めることができる。しかし、形式的に解雇事由に該当する事実があったとしても、それだけでただちに解雇を有効とすべきではなく、その事実の具体的な内容、本人のそれまでの就労状況や日常の勤務成績など諸般の事情を考慮し、実質的にも解雇、すなわち企業から完全に排除することもやむを得ない程度に達していると認められるものでなければならない。

(証拠略)によれば、作業ミス報告書は、昭和五八年に入るまではその提出が徹底されていたわけではなく、これを提出しないからといって、特に問題とされたことはなかったことが認められ、さらに、被告では同年年頭からQCサークル活動を全社的に開始し、作業ミス報告書もQCサークル活動において新たな意義づけのもとで提出が命ぜられることになったものの、QCサークル活動についての説明は、同年二月中に主に管理職に対してなされただけで、従業員に対してその具体的な説明が始まり、作業ミス報告書の提出を徹底するようにとの指示がなされたのは、同年三月に入ってからのことであったことが認められるので、同年三月上旬においては、全社的なQCサークル活動はようやく始まったばかりの状態であり、まだ作業ミス報告書の重要性に対する従業員らの理解も十分ではなかった時期であったと解される。

また、(証拠略)によれば、昭和五六年一〇月頃被告に入社して以来作業ミス報告書の提出の問題が生ずるまでは、熔接板金工としての原告の勤務態度は、他の従業員に比して作業上のミスが若干多かったことが窺われるものの、会社の指示、命令に反するなど特に問題となるところもなかったこと、原告は、作業ミス報告書の提出は拒んでいたものの、被告で働く意思は十分に認められ、勤務意欲に欠けるわけではないことが認められ、熔接板金工の業務自体については不適格とすべき事由はないものと考えられる。

これらの事情と、作業ミス報告書の提出が、原告の本来の職務である熔接板金工としての仕事自体ではなく、従業員としての服務規律の面での義務であることを考慮すれば、被告としては、ただちに原告を解雇するよりは、むしろ従業員教育をさらに進めて原告を指導矯正するように努めるべきであり、実際に作業ミス報告書を提出しないという業務上の指示違反行為があれば、これに対しては、その都度先ず被告の就業規則(〈証拠略〉)四七条所掲の制裁(けん責、減給、出勤停止)を課して原告の反省を促し、それでもなおかつ原告の態度が改まらない場合にはじめて解雇をもってのぞむという方法を取ることも十分可能であったと考えられる。したがって、それらの手順を尽すことなく、本件解雇予告の時点で原告の従業員としての適格性を直ちに否定し、企業から完全に排除することは苛酷に過ぎ、就業規則の運用上妥当を欠くといわざるを得ない。そうすると、原告は、本件解雇予告がなされた時点においては、まだ就業規則一三条三号の「勤務成績及能率が不良で就業に適さないと認められるとき」に該当していなかったものとすべきであるから、これを理由になされた本件解雇は、その余の点について判断するまでもなく解雇理由を欠くものとして無効であるといわざるを得ない。

第四賃金請求について

一  前記のとおり、原告に対する解雇は無効であるから、原告は、被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあるものと言うべきところ、原告の昭和五七年一二月から同五八年二月までの三か月間の平均賃金は、成立に争いのない(証拠略)によれば、金一四万二二〇六円であることが認められ、賃金の支払は毎月月末払の約定であったことは当事者間に争いがない。

二  本件解雇予告により解雇の効力が生ずべき昭和五八年五月二五日以後は、被告の方では原告との雇用関係が存在しないものとして原告の就労を拒否する意思は明白であったから、同日以後原告は就労不能であったことになるが、その解雇が無効である以上、被告は正当な理由なしに原告の就労を拒否したことになる。したがって、原告が雇用契約により労務に服すべき債務は、債権者である被告の責に帰すべき事由により履行不能となったものであるから、民法五三六条二項により、原告は反対給付である賃金請求権を失うことはない。したがって、被告は原告に対し、昭和五八年五月二五日以降毎月末日限り一か月金一四万二二〇六円の割合による賃金を支払う義務がある。

三  ところで、既述のように、原告は右解雇の効力が生ずべき日以前の同年三月一六日からすでに欠勤状態が続いていたのであるが、右解雇の効力が生ずべき日までは、被告としても原告との雇用関係の存在を否定するものではないから、それまでは、被告が当然に原告の就労を拒否する意思であったとは言えない。原告が同年三月一六日から同年五月二四日まで就労しなかったことについて、原告は被告が就労を拒否したからであると主張するのに対し、被告はこれを無断欠勤であると主張しているので、その間の原告の就労が被告の責に帰すべき事由によって不能であったのかどうかを検討することが必要である。

四  原告本人尋問の結果によると、同年三月一五日の被告代表者との面談で、解雇だとか、作業ミス報告書を書かない者には仕事をさせられないと言われたので、就労を拒否されていると思っており、また、被告代表者が「二度と来るな。」と言って怒っていたので、(出社して)刺激してもまずいのと、相談に行った労働基準監督署の係官から、話がまとまれば電話するから自宅待機するようにと言われたので、出社しなかったとも述べている。

前記認定の解雇に至る経過に見られるとおり、原告が就労しなくなったのは、三月一五日の被告代表者との面談の際の前述のようなやりとりがきっかけとなっていることは明らかであり、特にその中で、作業ミス報告書を書かない者には仕事をさせられないという発言があったこと、また、解雇という言葉が出たことは事実である。ただ、その解雇云々のやりとりは、被告代表者が右のように、作業ミス報告書を書かない者には仕事を任すことができないという意味のことを言ったのに対し、原告が「解雇ですか。」と尋ねたところ、被告代表者が「そうだ。」と答えたものであるが、それは、原告の方から解雇ということを言い出したのを受けて、被告代表者としては、原告があくまで会社の方針に従わないのであれば解雇することになるであろうと警告し、作業ミス報告書の提出を強く迫る態度を示したものであり、その言葉どおりただちに解雇する意思で言ったものでないことは明らかである。そのときの問答の脈絡からすれば、偶々話の成行からそのような言葉の応酬に至ったものであり、解雇という言葉が出たからといって、ほんとうに解雇したような意味で被告が原告の就労を拒否したものとすることはできない。また、当日の面談の中でも、その後の話し合いの中でも、被告代表者あるいは秋田から、「仕事をさせられない。」という言い方がされているが、それも就労させないことに重点があるわけではなく、そのように言うことによって原告が作業ミス報告書提出の方針に従うように翻意を求めようとするものにほかならない。

五  もっとも、原告本人尋問の結果によると、三月一五日の被告代表者との面談において前述の解雇云々のやりとりのあった後、原告はただちに労働基準監督署へ行き、被告から解雇されたことを訴えてその救済を求めたことが認められるので、原告としてはそのときほんとうに解雇されたように受けとったとも考えられる。しかし、原告本人尋問の結果によると、その際、同署係官から正規の手続を履践しない限り解雇はできないことなど説明され、被告側の真意をたしかめるよう勧められで、また被告の会社へもどり、再度被告代表者と会ってそのことを確かめたのに対し、そのときは被告代表者は解雇ということは言わず、ただ、「仕事はさせない。」と言われただけであったということであり、その後の被告側との話し合いの経過から見てもほんとうに解雇されたわけではないことは原告にもわかった筈である。

(人証略)及び原告本人尋問の結果によると、三月一五日の原告と被告代表者との面談の後も、原告と被告代表者あるいは秋田との間で再々話し合いがなされているが、被告側では、何とか原告が作業ミス報告書の提出に協力するよう説得するのに対し、原告の方は、働きたいけれども作業ミス報告書はどうしても書きたくないと言って譲らず、結局両者の言い分が平行線をたどったまま、事実上原告が就労しない状態で、時日が経過して行ったものということができる。

六  その間、原告は、「仕事をさせてほしい。」ということを被告側に申し出ていたことは認められるが、雇傭関係において、労働者は、従業員の服務上の規律につき使用者の指揮命令に服すべき義務があり、正当な理由なしにその命令を拒否している場合には、たとえ就労の申出をしたとしても、それは労働者としての服務規律に違反し、ひいては職場秩序を乱すものであるから、原則として債務の本旨に従った労務の提供とはいえないものと解すべきである。ただ、労働契約の場合には、債務の本旨に従った労務の提供でないということから、ただちに使用者側において就労の申出を拒否することができるとすることは適当ではなく、その瑕疵の内容、それが職務の遂行に及ぼす影響の程度と範囲、双方の受ける利害得失などの諸事情を検討し、使用者側がそれによって蒙むる不利益が僅少で、不完全であるにせよ労務の提供自体はこれを受け入れても正常な業務遂行が著しく阻害されず、かつ、職場秩序の維持は別途労務管理上の措置をもって目的を達することができる程度のものであれば、就労を拒否することはできないものというべきである。しかし、本件における原告の作業ミス報告書の提出拒否は、前述のような全社的な品質管理の向上を目指す運動の一環として重要な意味を有する作業ミスの自主申告制度を否定し、それに対する協力を拒むものであり、これを放置するときは、右品質管理運動の円滑な遂行を阻害し、その目的達成の支障となる具体的な危険があるものと考えられるし、また、原告は、これを拒否すべき正当な理由がないばかりか、むしろ前述のような独善的な見解のもとに、会社の施策に対し敵意と反感をもち、これにあくまで抵抗しようとしたものであり、再三の説得にも応じようとしないそのかたくなな態度を考えれば、職場秩序の上からも無視できないものがあるといわなければならない。したがって、原告が、作業ミス報告書の提出を拒否する態度を変えないままで、仕事だけはさせてほしいと申し出たとしても、それは債務の本旨に従った労務の提供といえないばかりでなく、その瑕疵は決して軽度なものではなくて、被告として受忍すべからざるものというべきであるから、その就労の申出を拒否することは正当であり、被告の責に帰すべき事由による就労不能にはならないものとすべきである。

七  そうすると、同年三月一六日から同年五月二四日までの間原告が就労しなかった以上、原告は賃金請求権を有するものではないから、右期間についての原告の賃金請求は失当である。したがって、原告の本訴における賃金請求は、同月二五日以降の分のみを認容すべきである。

第五結論

以上によれば、原告の請求は、地位確認を求める部分、賃金として同年五月二五日以降毎月末日限り月額金一四万二二〇六円の支払を求める部分の限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋史朗 裁判官 平澤雄二 裁判官 小野憲一)

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